今日のエッセイ-たろう

オススメで作られた好み。 2023年2月5日

食のパーソナライゼーションについて考えていると、自由意志というものを考えざるを得ない。ということを、少し前のフードイノベーションの未来像で取り上げられていた。そのことからインスピレーションを受けて少し語ろうと思う。

今、私達の感じる食の好みは本当に自分で選んでいるのだろうか。という問いだ。これには、2つの意味があると感じている。ひとつは、慣習や文化にどれほど影響を受けているかという点。もうひとつは、レコメンデーションによって左右されているという面。どちらも外的要因ではあるのだけれど、微妙にニュアンスが違う。微妙だから、一緒くたに考えても問題ないのかもしれないが。

梅干しをおいしいと感じるのは、普遍的なことではない。ということを、梅干しの歴史を調べてみて感じたのだ。あんなに強烈でしょっぱいものをわざわざ食べるのは、ちょっと変わり者だったかもしれない。というのも、元はと言えば梅干の漬け汁の方が調味料として必要だった。梅干しはその副産物だったらしい。想像するに、醤の一種として登場したのじゃないかと思うのだ。

けれども、どこかの時代で誰かが梅干しを食べ始めた。こっちの実の方もイケると。しょっぱすぎるときは、少し水につけておけば美味しくなる。そんなことを発見したかもしれない。そうすると、その家庭では梅干しを食べることが当たり前になる。なにしろ、幼少の頃から当たり前のように食卓に登場するのである。それを食べるのが当たり前だと思って育つ。そういった家庭が少しずつ増えてくる。平安時代の数百年の間に浸透していって、鎌倉時代の武士の食卓には必須の食事となっていくわけだ。

梅干し以外にもそういったことはある。癖の強い料理は、おそらく全てそうだろう。クサヤをおいしいと感じるのは、そのようにして慣れているから。現在の日本人の多くは忘れてしまっているけれど、いくらか前の時代にはとんこつラーメンは特殊なジャンルだったはずだ。今でも一部のお店では昔ながらのとんこつラーメンを提供しているのだけれど、その店先に流れ出る匂いの強烈なこと。知らない人は、店の前を通るだけでも露骨に嫌な顔をするのだ。いつの頃からか、料理技術の発達とともに匂いは緩和されたし、匂いに慣れたことでとんこつラーメンは日本の市民権を得た。それどころか、海外でも人気が高い。この変化は、ほんの数十年の間の出来事である。

自分自身が能動的に「これがうまい」と信じていることすら、実は歴史的文脈の中に取り込まれていることは少なくないのである。

視点をずらして、レコメンデーションを考えてみる。レコメンデーションというのは、他人からのオススメである。友人や家族の場合もあれば、お店からの場合もあれば、AIという場合もある。この反対側に位置するのが自分で選択するということだ。

先日のセッションでも話題に上がっていたのだけれど、例えば回転寿司のお店に行ったとして、実は意識的にも無意識的にも食べる食材の数は限られているというのだ。仮に20種類のタネがあったとしても、気に入った半分くらいのタネしか食べない。休日の外食でも、仕事の合間のランチでも、もしかしたら同様のことが起きていないだろうか。周辺には数十の飲食店があるにも関わらず、10店舗の中からしか選んでいない。そんなことは、ままあることだ。ぼくにも思い当たる節がある。

そんなときに、他のものもおいしいよと教えてくれるのが他人の目線である。別に従う必要はないのだが、視野を広げてくれる絶好の機会でもある。スシ屋のカウンターで、勝手に提供されるスシは知らないものかもしれない。会席料理では、見たこともないような料理が提供されることもある。これを良しとするかは、食べる人次第ではある。実際、当店にいらっしゃるお客様の中にも、食べたことのある料理以外は避ける傾向にあるという人もいる。稀であるけれど。一方で、例えばごま豆腐にこんな食べ方があったのか、茶碗蒸しってこんんなに美味しくなるんだ、こんな和え物があったのか、と面白がるひとも多い。

レコメンデーションには、2つのポイントがあるように思う。ひとつはプロフェッショナル領域だ。お客様に比べて、料理のプロフェッショナルは料理の知識が豊富である。それは、自動車ディーラーが車に詳しかったり、家電メーカーがテクノロジーに詳しいのと同じことである。だから、プロフェッショナルのレコメンデーションは、消費者よりももっと広い多くの選択肢のなかから選び出されるところにある。

もうひとつは、個別最適化である。その人の食の好みや、生活や性格などから導き出されるもの。これは、なかなか料理屋には難しい。友人の中でも親しい人や家族などのほうが面白い提案をしてくれるかもしれない。きっと君だったら気にいると思うよ。というような提案。相手のことを一定以上知っていることで出来る提案だ。

これらを両面カバーするのは容易ではない。が可能になれば、面白いことになるだろう。AIでどこまで出来るのかは分からないが、学習すべき要素が多すぎる。それに、誰がオススメしたかによっても受け取り方が変わるところがある。

ぼくが知る限りだが、これを実現しているのがカウンター割烹と常連客の関係だ。当店でも限りなく近いことはやっているけれど、やはりカウンター割烹にはかなわない。なにしろ、会話量が違いすぎる。聞き耳を立てているだけでもお客様の情報は入ってくるのだ。ある程度、その人の性格なり人となりが見えてきたところで、プロフェッショナルとして提案されたら感動してしまうかもしれない。特に、一番ホットなタイミングで提供されたらたまらない。

今日も読んでくれてありがとうございます。こんなパーソナライゼーションなら、大歓迎だ。とうのが、消費者としてのぼくの感想だ。提供者としても、料理人冥利に尽きると感じるし、喜んでもらえればぼくも嬉しい。ただ、これが出来るようになるには、それなりに修練が必要なのだ。誰でも出来るわけじゃない。そもそも、お客様のほうも何度も来てもらわなくちゃいけないのだ。さて、この壁を乗り越えて、沢山の人に喜んでもらえるようにするには、どうしたら良いのだろうか。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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