今日のエッセイ-たろう

出汁文化の本質は昆布と鰹節ではない。 2023年3月17日

出汁。それは日本料理の基本であり、根幹である。

これは、真実なのだけれど、同時に嘘でもある。

ややこしい表現になってしまっているのだけれど、出汁という言葉の定義によって見方が変わるのだ。という事を言いたい。

料亭など、日本料理を商品としている場合においては、出汁が基本であるし最も重要なものの一つだ。現在、日本中で見られる料亭の料理は、元々京都や江戸、大阪や金沢がベースになっている。料亭の発祥のルーツを考えると、どうしてもそうなるのだ。

料亭の味は、昆布と鰹節の合わせ出汁を土台に構築されている。そればかりではないのだけれど、とても重要視されている。それは、元々昆布と鰹節がとても貴重で高価で、価値の高いものだったからだ。庶民が簡単に口にできるようなものではなかった。だからこそ、高級品として珍重されていて、それがビジネスになったということだ。

昆布も鰹節も、かなり古い時代から朝廷への献上品として記録に残っている。古いところだと土佐の鰹の煮干しは平安時代で、まだ現在のような鰹節が誕生するよりも数百年の昔のことだ。静岡県の焼津や伊豆も、当時から朝廷へ送っていたらしい。鰹のいろり、と記録にあるのがそれである。

同じように、昆布も献上品に記録されている。北前船というのは、日本海を南北に移動して商品を流通させていた海上輸送のことである。北前船が北海道や青森の辺りから昆布を運んできて敦賀港で荷降ろしされた。陸路と琵琶湖の水上輸送を経て京都へと送り届けられていたのだ。これが、後に京料理の土台になっていく。もとはといえば、朝廷や公家などの一部の食べ物だった文化が、時代が下るに連れて社会の下層へと広がっていったものだ。

後の時代になって、北前船は下関を迂回して大阪へと届けられるようになった。大阪と江戸は菱垣廻船や樽廻船で繋がり、京大阪で発展した食文化が江戸へと移植されていく。江戸で食文化が花開く頃には、太平洋側の廻船業によって北海道の昆布が直接江戸に届けられるようになった。

元々、貴族による権威の象徴としての昆布や鰹節が、こうして他の大都市へと拡散していった。そして、宝天文化や化政文化の時代になって、徐々に庶民の口に入るようになったのだ。だから、合わせ出汁が日本料理のベースとなった。という意味では間違いない。

合わせ出汁は、非常に優秀で日本人の好みにあった。それに、大抵の食材との相性がよく応用範囲が広い。これは、ビジネスの視点でも都合が良い。

料理屋というのは、品質の安定が求められる。それは、工業製品でも同じである。あまりにも当たり外れの差が大きい商品というのはビジネスとしてはやりにくい。家電や日用雑貨に置き換えてみるとよく分かるだろう。同じように、料理も再現性の高いほうが良いのだ。あくまでもコンテンツを重視するのであればそういうことになる。この思考は、特に日本では明確に強いように感じるが、コンテンツよりもクリエイターに重きを置くと不安定さが価値になりうるのだから面白い。これについてはまたいずれ考えてみることにしよう。

昆布と鰹節の合わせ出汁が「正解」と言われると、甚だ疑問である。昨今では、合わせ出汁の味こそが正義であり、巷に溢れる商品にも「料亭の味」という看板がつけられているが、個人的には好きになれない。というのも、そんなものは正義でもなんでも無いからである。

断言するからには理由がある。そもそも、日本料理に用いられる「出汁」は「合わせ出汁」のことだけではない。あくまでも、出汁のバリエーションの一部でしかなく、ただただ最も便利で最も高級だったということなのだ。それ以外の出汁もあり、ちゃんと使うのが普通だ。

和食の出汁文化は、多種多様。昆布や鰹節だけでなく、椎茸や煮干しも有名だが、それ以外にもたくさんある。出汁というのは、食材の煮汁のこと。大根でも人参でもキャベツでもなんでも煮れば煮汁が出来る。お茶でも良い。あらゆるものから味が水に溶け出す。味が溶け出した水を活用することが出汁というものの本質であるはずだ。そう考えると、味噌汁なんかは出汁を意識する必要すらない。いろんな具材を水に放り込んで煮る。それを味噌で味を整えれば味噌汁になるのだ。

合わせ出汁のことにばかり目が行くと、それが料理を作るときのハードルになってしまうことがある。あれこれとテクニックやこだわりが多くて、それを吟味する人がいる。だから、料理が苦手な人にとって出汁が障壁になる。そんなややこしいことは、専門店だけのもので良いのである。

いい絵だなあ。という絵が、なにもしらない園児の描いたものであっても、良いと感じたのならそれでも良い。売り物になるようなものを再現性高く描き続けられるには、その為の技術が必要だけれど、商売にするのでなければ、さして気にする必要もない。

今日も読んでくれてありがとうございます。みんなが合わせ出汁を気にするもんだから、ぼくらはまた逆張りをする。みんながやらないことに価値が生まれるのは、今も昔も同じなのだ。野菜や魚やキノコやお茶の出汁で料理を作ると、それが喜ばれる。なにも特別なことじゃなかったはずなんだけどね。おもしろいなあ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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