今日のエッセイ-たろう

食の歴史から見るビジネスモデルの変遷 2022年8月7日

江戸の風景。誰も実際に見たことはないから、自由に妄想する。田舎のことは資料が少ないのか、あまり目にする機会は少ないから、つい江戸や京都や大阪に偏ってしまう。落語で表現されるのも、化政文化頃の比較的平和なものばかり。江戸時代は識字率が高かったとか、結構教育がされていたとか、米ばかり食べていたとか、そう言われるのは江戸しか見ていないからだろう。日本全国津々浦々。同じじゃない。そりゃそうだ。今でも地域差があるのに、交通流通の事情が違うのだからもっと差があったと考えるほうが自然だ。そもそも、それぞれの藩はそれぞれの国。違う国という認識なのだからね。

さて、江戸時代も残り100年といった時代。庶民文化が発達する。経済の中心が武士から庶民に移行していくのだね。もちろん、主に都会での話だけど。

興味深いのは、無数に登場する新しいビジネス。江戸落語には、まちの売り声を聞かせてくれる演目がある。それを聞くと、びっくりするような数の商売が登場したことがわかる。行商ビジネスだ。納豆に豆腐、大根、サンマ、イワシ、風鈴、桔梗、柊、フルイ、金物、などなどありとあらゆる生活物品を売り歩いている。ある意味、現代よりも便利かもしれない。ネット通販を使う必要もなく、表から聞こえてくる売り声に反応するだけで大抵の生活用品が手に入るのだ。

商売の原点がどのようなものだったのかはわからない。とんでもなく古いのだ。時代を遡れば遡るほどに曖昧になってしまうのは、どうしようもない。少なくとも平安時代から鎌倉時代には「店」が登場している。定期的に市がたつ。そこで物品販売をするのだけれど、ものを見せて客に買ってもらうスタイルだ。「みせ」という言葉は「見せる」から派生したものらしい。この「みせ」が、外に登場するのは市。築地や豊洲のような市場はまだ存在していない。門前だったり、港だったり、道の交差点だったり、ある程度モノと人の流通が良いところで自然発生的に市が開催されるようになる。そのうち、定期市になって、場所も固定されていく。コロコロ変わったら不便だからね。

古い時代のビジネスは、「必要なものを売る」のが基本。お互いに必要なものを交換し合う。貨幣を介在させて流通する。室町時代から江戸時代になってくると、「必要なもの以外」がビジネスになってくる。このあたりの変化が面白いよね。まず最初に登場するのは「面倒くさいの代行」ね。それまでは、家庭で作ったり作業するのが当たり前だったモノゴトを、代わりにやってくれる。特に江戸は単身者が多かったから、都合が良かったんだろうね。

味噌なんてものは、家庭で作るのが当たり前。だったのが、代わりに作ってくれる人が売り歩く。日用品と代行の中間点みたいなビジネスかもしれない。豆腐を作るのは非常に面倒くさい。一般家庭でも作ることはあるけれど、手間がかかる。だからこそハレの日の食材に選ばれたわけだ。手間がかかる分だけおもてなし感が高いし、人気の料理でもあるから。そのうちに、屋台などの簡単な飲食店が登場する。もうね。自炊するのが面倒だから代行してもらっちゃう。江戸中期には、スシソバ天ぷらなどの屋台があちこちに登場するようになるのは、基本的に「面倒くさいの代行」から始まったのだろうと思うのだ。

「面倒くさいの代行」から枝分かれして違う価値を提供するビジネスも登場する。「新たな価値の販売」とでも言うのかな。日用品でもないし、日常生活の代行でもない。無くても困らないのだけど、あったら素敵かもしれない。余裕があったら欲しい。そんな感じかな。消費者目線で言い換えると「必要だから買う」から「欲しいから買う」へ広がったのね。

例えば、与兵衛鮨みたいな高級店。別に無くても困らないわけだ。料亭もそう。欲しい人がいるから売れる。売れるからビジネスが成立する。なぜ欲しいと感じるのかな。必要最低限の生活にプラスアルファの豊かさを提供してくれる存在だからだろう。そういえば、風鈴や金魚なんかも同じかもしれないね。無くても困りはしないけれど、ちょっといい感じになるから。

余談だけど、新型コロナウィルスによるパンデミックで痛感したよね。料亭って不要不急の商品だなって。頭ではわかってたつもりだけど、体感することになった。つまりは、日用品でも面倒くさいの代行でもないところにあるということ。だよね。必須じゃない。

世の中は「必ずなければならないもの」と「無くてもいいけどあると嬉しいもの」の2つで出来ているのかしら。

ただ、このカテゴリも移り変わる。味噌は「面倒くさいの代行」だったはずだけれど、今や「日用品」になった。家庭で味噌を作ることがほとんど無くなってしまったからだ。手前味噌を作っていると、趣味やこだわりのようなものを感じてしまう人が多いだろう。それは、常識がスライドしたからだ。常識がスライドすると、新たなビジネスが登場して、いくつかは消えていく。江戸時代に着付け教室が存在しないのは、和服の着付けが出来ない人が存在しないからだしね。料理教室は、料理ができない人がいるから成り立つのだ。もし、世界中のすべての人が自炊しかしなくなったら、外食産業は消滅する。

なにがどうなるかわからないけれど、世界中のムーブメントは誰かが強烈なパワーで牽引したというたぐいのものじゃないよね。大きなうねりのようなアンコントローラブルなものに見える。そういう意味でビジネスの歴史というか文脈を学ぶのは面白いだろうなあ。たべものラジオのついでにちょっとずつ観察してみよ。

今日も読んでくれてありがとうございます。必要だから買う、欲しいから買うを認識して商売をするのは、わりと知られた話だと思う。経営者は特に意識するかもね。ところで、お礼というのが人の生活を支えるようにもなってきているよね。先に価値を受け取って、お金を払っても払わなくてもいい。応援したい人が払う。みたいな感じ。もしかして、ビジネスが出現する前の源流ってこれなんじゃないのかな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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