今日のエッセイ-たろう

「意外とイケる」という感触。「失いたくないもの」の再発見。2023年4月14日

感染症による社会の変革は、長い人類史の中では数多く見られる。歴史の教科書を読むと、短い文章で記されているだけのことが多いようだけれど、当事者たちにとっては大変な社会変革だったことだろう。近年の新型コロナウイルスによるパンデミックを考えれば、それなりに想像できるかもしれない。

ペストにしてもスパニッシュインフルエンザにしても、コレラや天然痘や麻しんなどの多くの感染症が世界を動かしてきた。今でこそ、少しずつ落ち着きを取り戻しているかのように見えるけれど、それもどうなるかわからない。というのも、歴史上感染症が終息するのは数十年の時間がかかっているからだ。ポストコロナかウィズコロナかわからないけれど、まだ当分の間、人類は感染症と付き合って生きて行くしか無いのかもしれない。

感染症による社会変革の中で、ぼくたちはいくつかのことに気がついた。多くの人が言っていることだけれど、リモートワークはその一つだろう。労働集約型ではなくても良い働き方はある、と従前から言われてきた。言われてはいたものの、なかなか踏み切れなかったというのが実情だろう。それが、パンデミックによって強制的に実装されることになった。で、やってみたら「意外とイケる」という感覚を得た。

それまでは、リモートワークのメリットデメリットを並べてみて、様々な議論がされていたものの、やってみるというところまでたどり着いたのは一部だけだった。新しい取り組みに関しては、もちろん良いことも悪いこともあるはず。ただ、やってみなければわからない部分も多くて、ホントは実践してみてから考えれば良かったのだということをマザマザと体験させられた。やってみたら、なんとなかなっちゃった。

この感覚は、ぼくらの学びとして大きかったと思う。以前から、飲食店や食品販売業の価格が据え置きになっていることは課題だった。ホントは物価の上昇に合わせて、食品の価格も上昇させるべきなのだ。けれども、そんなことをすれば、消費量が落ちてしまうという話が主流だった。やってもいないのに。で、実際に価格改定してみたらどうかというと、大して販売数に影響がなくて、むしろ経営が改善されたという話もある。やってみなければ始まらない。マーケットの声を正しく聞いていくためにも、少しずつでも動かなければならないということだろう。

一方で、失ってはいけないものに気がついたということもある。いろんな事業がオンラインで完結していくなかで、ほんの僅かな違和感が生まれた。直接会って話すことの重要性だ。淡々と事業を進めていく場合には、オンライン会議どころか文字情報のやり取りだけで十分に機能する。顔を合わせなくてもいいし、声を聞かなくてもいい。チャットで十分事足りることもわかった。

ただ、身体性を伴うコミュニケーションでしか生まれないことがあることも事実。握手をしたりボディタッチをしたりという、物理的な接触もある。それ以外にも、言葉や声に乗らない情報もある。一見無駄のように見えた、会議の前後で交わされる雑談やその場の空気感なども、実はぼくらの感覚にとても大きな影響を与えていることがわかった。アフォーダンスと言われるように、モノがぼくらに訴えかけるようなことが実際にあるのだろう。

言葉で理解しようとすると、難しくなってしまうかもしれないけれど、体験することで理解できるのだ。直接人と会うことによる機会を失ったことで、その良さを改めて体感することになった。

ともすると、現代社会では目的合理性の中で判断がなされる。なにかもの目的があって、それに合致しているかどうか。目的に対して合理的な選択であるかどうかが重視される傾向にある。それ自体は、複雑な社会システムを機能させるためには必要なことだろう。ただ、そればかりでは社会システムがいびつに歪んでしまうことを示唆したと思うのだ。

例えば、誰かが転んだとして、助けるために合理的な理由があるだろうか。人を助けると、後々自分にとって有利であるかどうかを判断する。手を出しても助けられないことがわかっているから、そもそも手を出さない。というのも目的合理性の中でなされる判断だろう。しかし、人間はそんなふうには出来ていない。助けることが出来るかどうかではないし、それが有利に働くかどうかではない。助けたいから助けるんだと、体が動いてしまうような感覚。論理を飛び越えて、体が反応してしまうような感覚。

こうした感情は、人と人とが直接出会って触れ合うことで育まれることのような気がしている。オンラインミーティングやチャットだけでは、そんな人間関係が生まれるような気がしないのだ。今のところはそう思っている。はたしてこの先どうなるかは分からないが、少なくとも数千年の人類を見る限りは、そういう動物なのだろうと思う。

今日も読んでくれてありがとうございます。たべものラジオの最大の欠点は、身体性の欠如だと思っている。数多くの本を読んで学んだことや感じたことを、個人の意見として発信しているわけだ。料理人であるから、その時々で学びから影響を受けて調理してみることもある。ただ、現地の食文化や環境を体験していない。言葉にならないほどの何かがそこにはあるはずなのだ。そこで見聞きして、感じたことをぼくらのフィルターを通して発信していくことは、なにかしらの価値を生み出すだろうか。店を飛び出して、多くの場所を訪れてレポートしたいものだ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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