今日のエッセイ-たろう

クリエイティブセンスと学びと技術。 2023年3月12日

個人的に直接知っている料理人、特に若い世代の人たちにはよく伝えることがある。と言うと、なんだかとても偉そうに聞こえる。料理人としての技術や価値という意味では、ぼくなんかよりもずっと素晴らしい人達がいるので、その土俵で物を申したいという意味ではない。もっと思想の部分の話。技術者としてだけではない、料理人の価値についてのはなしだ。

常々必要だと思っているのは、料理をしていない時間の感覚を磨くことなのだ。それは、例えば音楽でも良いし、散歩でも良いし、コンピューター嬉々でも良いし、なにかしら別のことをしている時に何を感じるかが大切なのだと思うのだ。そして、それは料理人としての存在価値に繋がっているはずだと思っている。

調理師学校や、その他の料理人養成学校で教えてくれるのは、調理の基本的な技術だ。ピアノであれば、指の運びかたや楽譜の読み方、一般的な曲の解釈などを教えてくれる。だんだんと技術力を向上させてくれる。そういうプログラムが組まれているのだろう。料理学校というのは、単にそういう場所であることが一般的だ。そうではないところもあるらしいのだけれど、ぼく自身が調理師学校のようなところに通ったこともないし、いわゆる修行らしいことをちゃんとやったこともないので、詳しいことは知らない。ただ、業界の周辺で話を聞く限りはそうらしい。

料理というのは、たしかに日用品である。しかし、それと同時に創作物なのだ。つまり料理人はクリエイターである。ピアニストによって、技術の高い低いはあるけれど、一定以上の技術がある場合は、その先は「何を表現するか」が大切になる。たまに聞く話だけれど、歌はうまいんだけど歌唱力としてはちょっとね、と歌い手を評していることがある。これは、技術は高いが、その技術が技術の披露にしかなっていなくて、表現したい部分が見えてこないということを言っているのだろう。

似たような話で、写実画家の方から話を聞いたことがある。まるで写真のようだと言われることは、嬉しくないわけじゃない。一生懸命練習して習得した技術を褒められて悪い気はしない。けれども、その技術は表現したいものを具現化するために必要な道具でもある。ホントは、表現された世界観を見て欲しいと思っている。というのだ。

これは、クリエイターに限らず、あらゆる仕事に通じることなのだろう。大切なのは、伝えたい思い。言語化しにくい部分にある、人間が知性や感性で紡ぎ出したなにか、というのが価値そのものにつながっていくのだろうと思う。

料理が旨いかどうか、それを決めるのは料理人である。当たり前の話だけれど、ぼくが作る料理は自分が美味しいと思っている。だから、提供する料理はぼく自身が合格点を与えたものである。それが常に満点になるとは言えないが、少なくともプロダクトとして提供しても恥ずかしくないレベルのものだと思っているのである。

これと同時に、お客様の視点も欠かせない。ぼく自身の好みと、食べる人の好みは別なのだ。どちらの好みを反映させても、その両方が合格レベルならば、ぼくは迷わずお客様の好みを選択する。育ってきた環境によって、味の好みが違うのはよくあることだ。醤油一つとっても、日本全国で地域性が現れる。味噌に至っては、もっと複雑だ。大雑把に地域に分割するだけでもそうなのだから、個体差はもっと大きくなるだろう。それぞれの地域にいろんな種類の美味しい味噌や酒があって、それぞれが違った個性で輝いている。そういう意味での好みは、お客様に寄せることにしている。

上記の2つの価値観については、あくまでもぼくの判断基準。人によっては全くお客様に合わせないことで世界観を作り出している人もいる。それもぼくは好きだし、素晴らしいと感じている。それこそ個人の思想によるものだろう。

さて、こうした価値観を支えているものはなんだろうか。それは、何を美味しいと感じるか、である。美意識や感性などと言い換えても良いかもしれない。そして、このコアな部分を構成しているのは、日常生活でインプットされている情報なのだ。情報と呼ぶのは少々冷たい印象があるが、その意味は文字通りの情報ではないかもしれない。

人間には五感がある。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、そして味覚だ。これらのセンサーでありとあらゆる情報を受け取っている。受け取った情報を処理しているのが知性と感性だという認識をしている。受け取った情報は、なにも意識しなければ、体の中を素通りしていく。意識して受け取り、知性や感性を駆使してしっかりとインプットしていく。

そうした経験の積み重なりの先に、美意識や思想が構築されていくのだと思うのだ。そして、今日の味噌汁が旨いのかどうかを判別することが出来るようになってくる。世界観の創出。

これを味覚だけに頼ると、浅薄になるように思える。せっかく、人間にはたくさんの感覚があるのだ。五感を全て駆使して、ありとあらゆるものごとから感じること。世界を眺める解像度を上げていくこと。そこからクリエイターのセンスが積み上がっていくのではないかと思うのだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。何を見て、聞いて、何を感じるのか。ってことだよね。で、より解像度高く感じるために必要なのは、基礎的な技術と教養なんだと思うよ。枯れ木に花が咲くを驚くより、生木に花が咲くを驚けって言うじゃない。花が咲くことに驚くためには、それなりの教養が求められるんだってことじゃないかな。だから、学ぶ必要があるんだ。調理師学校には、たべものラジオみたいな授業が無いわけじゃなないらしい。けれど、全く足りていないんだと思うよ。教材にするかな。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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