今日のエッセイ-たろう

日本文化の美意識と日常生活。 2022年12月6日

日本料理の変遷について勉強していたら、思わぬところにたどり着いてしまった。もう少し「フォーマット」の部分にフォーカスするのかと思ったら、思想とか精神性とか美意識といったものがその軸にあることがわかったんだ。どうやら、日本料理の世界観においては、そちらのほうが重要らしい。

今回はあえて「様式」を追いかけてきた。一般庶民が気軽に口にできなかった食事である。だからこそ、精神性に近づくことになったのかもしれない。一方で、西洋の料理文化を見てみると必ずしもそこには一致しない。西洋料理では近代に近い時代になるまでは、あくまでも腹を満たすための食事が中心なのだ。そこに「美意識」が働くことがあっても、西洋絵画に見られるようなものとは別物である。他の人とは違うものであったり、豪盛で権力や資金力を示すものであったり、珍しいものだったりが珍重された時代がある。同時代に美しい絵画や彫刻が作られていることを考えると、日本人の感覚としては奇妙に見える。

まだ明確なことは言えない。もっと調べていろいろと学ばなければならないのだけれど、今の時点で感じる東西の大きな違いを書き留めておこう。

おそらく、ヨーロッパにおける美は、美を生み出すために作られたものを指しているのではないだろうか。アートは、もちろん宗教的な意図をもって作られたものも多い。識字率が低い時代にあって、カトリックの教えを庶民に分かる形で表現するために描かれたという事実。言ってみれば、学校教育において教科書の補助教材として使われる図説のようなものだ。しかし、そこには明確に美を生み出そうとしている意図があるように感じる。カトリックの示す世界をより美しく描く必要があったと言ってしまえば、そういう側面もあったかもしれない。けれども、ちゃんとアートをアートとして美しく世界観を表現したいという美意識があるように見えるのだ。

これに対して、日本の美学は少し毛色が違うように見える。大きな点で、2つの特徴を見ることが出来るのではないだろうか。

ひとつは、美が表現されたものは「実用品」であるということだ。襖絵や屏風絵はもちろん、仏像や壺がそうだ。浮世絵だって現代風に言えば、アイドルのブロマイド写真を大量生産した、という感覚に近い。もしかしたら写真集や絵葉書のような感覚だったかもしれない。

日常生活に密接にかかわる物質に飾りを施すことはある。しかし、ここまで美を追求する文化も少ないのではないだろうか。そういえば、縄文土器がそうだ。縄文土器は、実用的な意図ではない飾りをもった世界最古の実用品なのだ。実際に使ったかどうかはわからないけれど、元々日用品として使っていたものをアートの域まで美を求めたという解釈だ。仮に使わないものだとしても、使わないのであれば壺という形態である必要はないのだけれど、それでも壺であることを選んだのである。もしかしたら、こうした感覚がずっと続いていて、食事という日常生活の中に美意識を持ち込んだのかもしれない。日本文化においては、実用美が基本になっているということなのだろうか。

もうひとつの特徴。それは、鑑賞者に働きかけることである。アートは、基本的にクリエイターが存在していて、クリエイターは鑑賞者の心を動かすモノを作り出す。この時、ヨーロッパ文化ではクリエイターの感性や能力に注目することが多い。日本文化の歴史を見れば、もちろん同じ部分がある。しかし、それだけではなく鑑賞者の心構えの部分についても深く言及する思想が登場するのだ。室町時代に起こった「わび茶」における侘びの思想が良い例だと言える。江戸時代の粋の文化。近代の民藝運動。いずれをとっても、鑑賞者側が、いかに美を見つけ出して、それを感じる心が大切だと説いている。古くは和歌であっても、俳諧であっても、結局のところは詠み手だけの話ではなく、これを読み解くことが美といえる。美を感じる感性とスキルを教養としているのだ。

日本料理は、食べる人のリテラシーの高さを求めるものとして成長してきた。そのように見えるのだ。だからこそ、懐石や本膳、会席料理においては「これはなんだろう」「どんな意図があるのだろう」ということを感じながら食べる。それこそが「粋」であり「美学」であり「楽しい」である。

よく、書物を評するときに「行間」が良いという話を聞く。全てを緻密に描写するのではなく、書かない部分をつくる。表現を削る。そのために物理的に文字数を減らしてしまう。描写や説明が無いからこそ、そこには読者の空想の余地が生まれる。読者が想像することで、物語が完成するのである。本当に美しく熟成した文章というのは、往々にしてそういった物が多い。そして、想像の余白の多い書物が長い歴史の中で読みつがれている。

そうした文化が、日用品の美学にも現れているのが日本の伝統的な美意識なのではないだろうか。

明治になって、多くの外国人が日本を訪れた。彼らがはじめて接する日本の庶民は、一様に清潔で誠実で教養が高いと感じたらしい。そういった記録が散見される。社会の上流ではなくても、庶民にまで美意識がしっかりと根づいていたのだろう。日本人らしい文化とは、こうした美意識に立脚しているのではないだろうか。これは「学」を軸とした教養ではなく「美意識」と捉えた方がしっくりくる。

今日も読んでくれてありがとうございます。クリエイター示す正解などは意に介せず、鑑賞者が感じたものが全て。そして、それが人によって違うことも当たり前。そういう世界観。料理を楽しむときは、各々が感じるままに楽しめばよいのだ。その楽しみを深めることが、教養であり美意識である。そのための積み上げは個々に委ねられているのだ。日本文化を愛する日本人の一人として、ちょっとくらいは粋で美意識を持った生活をしていきたいものだ。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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