言葉にならない感覚は、情報から欠落するが、新たな解釈の種になる。 2023年10月6日

楽譜って、どこか言語みたいな感じがする。もう少し正確に言うと、書き言葉。あの法則、何ていうんだったかな。直接会って話すのと、電話で会話するのと、メールするのとで、文字だけのコミュニケーションはほとんど伝わらないってやつ。内容はコミュニケーションの7%だったっけ?そういうのを思い出すんだ。

誰かが世の中に「良い曲」を生み出す。で、作曲者本人は、その曲で表現したいことを完全に知っているわけだから、演奏力さえあれば完全な形で演奏することが出来るわけだ。自分自身で演奏しないとしても、本人の思う通りに演奏してもらうように修正を加えることが出来る。

ところが、作曲者本人が存在しない場合はどうだろう。その人が既にはるか昔の人だったら、勝手に解釈するより仕方がない。たくさんの偉大な演奏家が奏でてきたベートーヴェンの曲だって、本当にベートーヴェンがイメージした通りの音色なのかは確かめようがないもの。

楽譜から読み取ることが出来るのは、音階やリズム、テンポ、強弱などの指示。それから、音楽的素養が高い人ならば、曲の構成などから作曲者の意図を想像して汲み取っていくだろうか。さらに、作曲者の人生や、当時の社会情勢を学べば、どんな気持ちでその曲を書いたのかが、もっとリアルに想像できるかも知れない。

長い時間を経て、多くの人にその曲が奏でられるようになると、まったく違ったアプローチをする人が現れる。作曲者の心情よりもも、今ここにいる「私」の解釈を表現するのだ。独自のアレンジを加えて、楽譜に書かれていない音符を奏でる人もいる。憂いを帯びた曲だと思っていたけれど、激しい怒りを表現しようとする人もいる。もう、そこにはベートーヴェンの意図を再現しようという意識がないかもしれない。自我の表出でもあるし、同時にその曲の持つポテンシャルを作曲者以上に高めていこうという営みであるかも知れないのだ。

「言葉は誰かに伝えた時に、その本来の意味を失う。その言葉を受け取った人の中で、また新たな意味が作られる」というようなことを、どこかの偉人が言っていたような気がする。一度、音から離れてテクスチャーに置き換えることは、それを促進することになるのだろうか。

仏教において、釈迦本人が書き記した言葉は残されていない。現代に伝わる仏典の中で最も古いものであっても、弟子たちが釈迦から聞いた言葉を思い出して寄せ集めたものだそうだ。ちゃんと体系化されるまでに100年以上の時が流れたそうだ。その間、釈迦の教えは口頭伝承。僧侶の中には、口頭伝承に特化した人材がいたというのだが、他の社会でも同じ現象は見られるから、そうなのだろう。

いくら伝承の専門家だと言っても、何世代にも渡るとどこかで微妙なズレは生じるだろう。しかし、逆に伝えたいことや細かなニュアンスというものは文字よりも伝わるかも知れない。伝統芸能の世界で一子相伝というのがあるけれど、それは芸の重要な部分を全く損なわないで、変化なく伝えていくためにあるらしい。口頭伝承というのは、そのための仕組みだったかも知れない。実際、書き起こされた仏典というのは、口頭伝承のための補助でしかなかったのではないかとする説もある。

仏典を楽譜に置き換えると、楽譜を独自に再解釈する人たちが登場するのも自然なことなのかも知れない。釈迦が生きた時代よりもずっとあとの社会では、その時代の社会に合わせてバージョンアップしなければならなかったのかもしれない。仏教が広く伝われば、インドよりもずっと寒い地域だということもある。その地で、インドと同じ服装をしていたら凍えてしまうだろう。元々別の宗教があったとしたら、それらの宗教哲学と対比しながら解釈されるということだってあるだろう。

もしかしたら、大乗仏教というのはこんな感じで登場したのじゃないだろうか。って、楽譜と音楽に置き換えて理解を試みた次第だ。

今日も読んでくれてありがとうございます。そのうち、たべものラジオでこの話をするかも知れないな。うまく腹落ちしないようなときは、こういうメタファーが役に立つよね。このあいだ、魚をおろしている時に不意に思いついたんだ。忘れないうちにメモ。

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