今日のエッセイ-たろう

江戸そば流行の影にインフルエンサーあり。 2023年8月26日

落語を通して見るそばの歴史を振り返ってみる。改めて思い返してみると、本編で語れなかったことがある気がしてきたのだ。

今回のシリーズは、落語という芸能文化というフィルターを通すことで、江戸時文化を蕎麦という庶民文化から読み解くことを目指したわけだ。ただ、落語という芸能にこだわってしまい、もう少し大きな文化の流れがあることを見落としていた様に思う。

そのキーワードになるのが、大田南畝。一応中学校の歴史の教科書にも名前が載っているのだけれど、彼が何者であるのか、文化にどんな影響を与えたのかは伝わっていないようだ。名前すら覚えていないという人もいるだろう。

時代は宝暦から天明にまたがる江戸中期(1751年〜1789年)。田沼意次によるバブル時代に花開いた文化である。宝暦天明文化と称され、宝天文化と略して呼ばれることもある。この時代の有名人といえば、絵師としては伊藤若冲や円山応挙、出版文化では山東京伝や恋川春町、蔦屋重三郎の名が挙がる。知っている人にとっては有名人だけれど、歴史が苦手な人にとっては全く知られていない人の名前が並ぶ。元禄文化を代表する松尾芭蕉や近松門左衛門、井原西鶴と比べると、その知名度には差がありそうだ。

宝暦天明文化というバブル期に一時代を築いたのが、大田南畝である。蕎麦のシリーズでもちらりと名前が出たので、本編を聞いた方は覚えがあるかも知れない。実は、この時代に新たな文化を切り開いたと言われる代表格の一人なのだ。

江戸時代でも空前の好景気に沸くなか、世の中を面白おかしく表現した「狂歌」が大ブームになった。昭和のバブル時代に、ジュリアナ東京に代表される享楽的な文化が登場したのと似ているのかも知れない。「世の中は酒と女が敵なり、どうか敵にめぐりあいたい」などという可笑しみを込めた歌が知られるが、これこそ大田南畝による狂歌である。

大田南畝と言うと狂歌の大人気作家のイメージがあるのだが、他にも多くの作品を残していて、戯作という現代で言えば小説にあたる文学のなかでも、やはり面白さを織り込んだ作品が彼の真骨頂である。

昭和のバブル期にイメージを重ねるなら、その時代に大流行した音楽や映画の作者に似ているかも知れない。江戸で大田南畝を知らぬ人などいない。それだけでなく、当時の文化人や学者、経済人、武家社会に幅広い交友関係が有り、人気のインフルエンサーでもあった。現代では忘れられかけている存在になってしまったのだけど、知らぬもののいない有名人。それが大田南畝である。

高品質な蕎麦を提供することから有名になった、薮そば。その創業者の息子は大田南畝と交流があったらしい。大田南畝は、薮そばと息子を詠んだ狂歌を残している。絶大なるインフルエンサーが語るのだから、その後の薮そばの人気が高まるのは自然なことかも知れない。そうして知名度が向上した名前だからこそ、藪は多くの蕎麦屋に取り入れられる名前になったのかも知れない。

いつの時代も有名人が紹介した飲食店が知名度を得て人気を高めていくという構図は同じなのだろう。現代のようにメディアが複数に分散している時代ではないのだからなおさらだ。江戸庶民にとってのメディアは、限られていた。その世界のトップインフルエンサーの発言力はいかほどのものだっただろうか。

深大寺蕎麦もまた、大田南畝によって語られている。

今日も読んでくれてありがとうございます。蕎麦切りの流行、とりわけ有名店などの勃興においては、こうしたインフルエンサーによる情報の拡散が影響したんじゃないかな。日本の食文化の流れを見ると、ちょうどこのくらいの時期に特徴的な変化や拡散が起きているように見えるんだけど、それってメディアの発達と並走しているのかもね。

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武藤 太郎

1978年 静岡県静岡市生まれ。掛川市在住。静岡大学教育学部附属島田中学校、島田高校卒。アメリカ、カルフォルニア州の大学留学。帰国後東京に移動し新宿でビックカメラや携帯販売のセールスを務める。お立ち台のトーク技術や接客技術の高さを認められ、秋葉原のヨドバシカメラのチーフにヘッドハンティングされる。結婚後、宮城県に移住し訪問販売業に従事したあと東京へ戻り、旧e-mobile(イーモバイル)(現在のソフトバンク Yモバイル)に移動。コールセンターの立ち上げの任を受け1年半足らずで5人の部署から200人を抱える部署まで成長。2014年、自分のやりたいことを実現させるため、実家、掛茶料理むとうへUターン。料理人の傍ら、たべものラジオのメインパーソナリティーを務める。2021年、代表取締役に就任。現在は静岡県掛川市観光協会副会長も務め、東海道宿駅会議やポートカケガワのレジデンスメンバー、あいさプロジェクトなどで活動している。

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